訳あって、公開日の初回に見た、3D「アバター」。
ざっとネットで評判見たけど、かなりいいね。
専門家だけじゃなくて、普通の映画ファンや、単なるミーハーや
たまたまクリスマスに映画デートで見たものすごく普通の人まで、
非常に評価が高い。
なによりも、3D映像そのものに対する感動。
素人がここまで反応できる技術とコンテンツというのは、ただ単純にすごいと思う。
モノクロとカラーの違いとか、モノラルとステレオの違いとか、
ドット画とポリゴン画の違いとか、そういう明確なレベルの違いがあるわけで。
「アバター」の10日ほど前に「カールじいさん」を見て、
劇場で3D映画を初めて観たんだけど(正確には子どものころ、ドラえもん映画で見たことあるけど)
予告編の「アバター」にびっくりした。
「カールじいさん」は飛び出す絵本レベルなんだけど、
「アバター」は、迫力というか臨場感というかね。
画がキレイというだけでは表現し得ないものがある。
なんかね。
おばあちゃんにも見せてあげたい、って思う感じ。
そんな「アバター」。
自然な3Dなのです。
テーマパークのアトラクションみたいに
隕石が飛んでくるとか、モンスターが襲い掛かってくるとか、
ほら、3Dだぞ!みたいな、これ見よがしの演出がなくて、とても自然。
それがいい。
世界を表現してるっていうのかな。
それも、ほんとのリアルじゃなくて、異星という、もうひとつのリアルを舞台にしているのがいい。
完全なリアルを追求するとアラが出るし、比較対象ができる。
CGは、完全なリアルには決して勝てないし、
あえてCGでやる意味もない。
CGでしか表現できない、もうひとつのリアルを
スーパーな技術で、ミラクルなセンスで、
作り上げてしまう、完成させてしまう、その説得力。
それは、技術的背景は多少違うにせよ、
「スターウォーズ」や「ロード・オブ・ザ・リング」の境地に近い。
(個人的に、この2作品は別格の価値がある)
見たこともない異星人、植物、クリーチャー。
そこに普通の地球人と見慣れたものの延長線上にある機械文明。
「アバター」においては、これが違和感なく、一つの作品の中に表現されている。
ものすごいレベルのツクリモノなのだが、ツクリモノ感がほとんどない。
これは本当に肝心だ。
SFやファンタジーというのは、現実にないものを現実にないルールで表現するわけで
そこにどれだけ違和感を感じさせないか、自然に引き込むかが勝負。
観客を決して白けさせず、長時間退屈させず、物語に引き込み没頭させる。
夢の世界に引き込んで、夢から醒めさせない。
そう、ザッツ・エンタイメント。
テクニカルな部分での成功要因を分析するなら、
人間の世界とナヴィの世界を、基本的に分離した構造が素晴らしい。
生身の人間が異星人たちのなかに入っていくのではなく、
「アバター」という、もうひとつのリアルを借りて進入していくというギミック。
カプセルに入って、身体と意識を分離して、アバターに魂を宿らせる(=リンクする)というのが
正しくSFらしい面白さを生み出してもいるし、
作品そのものを「ただのエイリアンもの」や「ただの戦争映画」にしていない。
人間の世界は、私たちの世界であって、
ナヴィの世界は、夢の中の世界であって、
観客自身がジェイクのアバターに宿って、
ナヴィの世界を探検し、学び、習い、同化していくプロセスを経験する。
3D映画という体験を知る歓びを表現するのに、絶妙の構造だと言える。
そして、そのナヴィの世界で、遺憾なく発揮される
3D映像ならではの美しさや躍動感が観客を強く魅了する。
現実世界では脚が不自由で歩くこともできない主人公が、
夢の世界では自由に歩いて、走って、跳んで、戦える。
ファンタジックで魔法めいたナヴィの世界も、
こういうことがここでならありうるという説得力がじっくり描かれているので
素直に受け入れられる。
ストーリーは奇をてらわずシンプルなのがよい。
ジェームス・キャメロン自身が、
「みんなが知らない世界で、みんながよく知っているアドベンチャーを表現したい」と語ったとおり。
それは、この作品の主題というか、目的がシンプルだからこそ。
複雑で小難しい話にする必要は微塵もなかった。
(以下ちょっとネタバレ)
また、一方的にナヴィたちが勝たないというのもいい。
彼らの多くが死んだり、村を破壊されたりする、そういうシビアさもいい。
そんなにご都合主義的に、傷一つないとか、愛と勇気は文明にも勝つとか、
そういうのがなくていい。
「星を守るのは、星自身の意思」
という、まるでFF7で聞いたのと全く同じコンセプトのクライマックスは、
ものすごく妥当だと思った。
ちなみに、FF7のライフストリームや古代種、マテリア、魔晄エネルギーというコンセプトもダダかぶり。
「神聖なパワーがあふれる森で先祖と会話をできる」とか。
FF7が発売されたのが13年ほど前なので、
「構想14年」の「アバター」も少なからず影響を受けてると思われる。
クリーチャーやフィールドのデザインは、昨今のFFとそっくりだし。
(ファンタジーCGを追求するとそういう方向に行くのか?)
あと、「インディペンデンス・デイ」でやってるような、エイリアンと闘うぜエイエイオー!みたいなノリを
エイリアンが侵略者である地球人と戦うという構造で描くのが、自虐的で少し笑えた。
全体的に、必然性がある映画、と言えばよいですかね。
3D映画の金字塔とも言えるでしょう。
3Dありきで、それをベストな状態で見せるのに最高のストーリーと最高のモチーフ。
でも、とってつけたものじゃなく、自然に融合している。
それが素晴らしい。
3DでアクションやSFをやるのが当たり前になってしまったら、
この作品自体はどうということはなくなると思うのですが、
それでも意味があることをやったと思います。
これから、こういう方法論を踏んで、どんな新しいエンタテイメントが見られるのか、
とても楽しみに思います。
日常と映画の関係でも記事にしました。
デジタル化時代の到来-アバター-

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